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阪急

951 直角に交わる西宮北口

 一般的に鉄道路線は一つの路線を通しで運行しています。全線を通して運行する列車はJR発足後や新幹線網の整備によって少なくなってきていますが、かつて有名だったのは中央本線でした。
 中央本線は東京から名古屋間を日本の屋根といわれる山間部を貫いて進む路線ですが、その路線を通しで運行する列車は走っていませんでした。
 東京から塩尻(松本)までの中央東線と名古屋から塩尻(松本)までの中央西線とに分かれていて、それぞれ別の運行形態でした。
 JR化後も中央東線部分がJR東日本で、中央西線部分がJR東海となって更に直通の電車が運行されることはなくなってしまいました。
 最も東京から名古屋に至るには最短の東海道本線がありましたから、中央線を完乗する客は鉄道マニア以外にはいなかったようですが・・・

”垂直に交わる駅の雑踏を

    我先に行く木枯らしの夜”

 阪急今津線は宝塚から西宮北口を経て今津に至る全線が10キロにも満たない短い路線です。そんな路線ですが、全線を通して運行する電車はありません。
 阪急神戸線と垂直に接続する西宮北口で分断されていて、同駅と宝塚或いは今津との間で折り返し運転になっています。
 慣例的に宝塚までの線が今津北線、今津までの線が今津南線と呼ばれているようですが、西宮北口ではそれぞれの線のホームが頭端式になっていてとても同じ線とは思えない配線になっています。
 今津線を全線詠み進めるのであれば今津南線の阪神国道、今津の2駅を詠んでいくことになりますが、今回はミーハーの筆者が映画の足跡をたたなぞったということで西宮北口で一旦終点になります。そういうことから今津南線は別の機会になります・・・まだ乗っていませんから・・・

 さて、明日からは前段で触れた中央線を相模湖から・・・止めた方がいい?・・・

Rimg0127 阪急今津線(北線)

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950 門戸厄神の御利益

 筆者は数年前に大厄を了えました。
 男性の厄年は25歳、42歳、61歳、女性の厄年は19歳、33歳、37歳です。このうち男性の42歳と女性の33歳は大厄とされていて、その前後は前厄、後厄ということで都合3年間、厄年ということになってしまいます。
 もちろん科学的な根拠のある話ではありませんが、この「厄年」の慣習は意外に広く根付いていて、厄年に当たる人々は初詣の折にはいつもの年とは別に厄落としのお祓いを受けたりしています。
 筆者も御多分に漏れず、近所神社で厄落としを受け、その功あってか何とか大過なく3年間を過ごすことができました。
 人間はいつ何時も力の限り走り続けることは困難だと思います。走り続けたならば何処かで一度休憩を取らないと心身が悲鳴を上げます。男性でいえば30代の働き盛りを全力で働いてきてそろそろ身体が休憩を取りたがっている時期が厄年に当たる42歳頃なのかもしれません。そうすると厄年も理に適っているように思えます。

”一つ目の駅にて落とす厄払い

  明日の我が身は無事で在りしか”

 門戸厄神は、松泰山東光寺といいます。厄落としの名刹として地元では門戸厄神の名で広く知られています。
 近隣もそうですが、少し離れたところからも阪急電車を利用するなどして多くの参拝客があるということです。
 女性の場合、最近は晩婚傾向にあって出産も遅くなりがちですが、厄年が定着した頃では大厄に当たる33歳は、一通り出産を終えた女性達が身体の変調を感じる頃合いなのかもしれません。
 現在でも30代女性には健診を勧める医師が多くありますから、そうした意味では女性の厄年もそれなりに理に適っているとも考えられます。
 男女ともに、自らが厄年であることを自覚することが大事なようで、その年は自らを大切にすることを意識すれば大過なく過ごせるような気がします。厄払いはその決意の儀式かもしれません。

 さて、明日は西宮北口・・・直角に交わる・・・

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949 閑静な甲東園

 今津線沿線は阪神地方の高級住宅街宝塚市を通りますから、甲東園も閑静で高級な感じの住宅街が拡がっています。
 関西の大手私鉄阪急は関東の東急とよく比較されますが、いずれの鉄道会社も都市部から郊外に伸びる路線を持っていて、その沿線の宅地開発に古くから取り組んでいました。昭和といっても戦前には長閑な田園地帯だった場所に鉄道を敷設し、集客力を高めるためにせっせと宅地開発に励んできました。
 その結果、現在では両私鉄の沿線は、関西圏、首都圏のそれぞれで押しも押されもしない高級な住宅街を形成しています。
 甲東園も高級な住宅街ですが、西宮周辺には阪急が開発した宅地の他に高級住宅街の意味を持つ街が7カ所あるといわれています。
 西宮七園といわれていて、甲東園、甲陽園、甲子園、甲風園、昭和園、苦楽園、香櫨園です。

”麗しく品位溢れる立ち姿に

  シネマで逢ひしヒロインを追ふ”

 このブログでも何度か触れてきたように、新しく造成された宅地に○○台や○○ケ丘と付けられるケースが多くなっています。
 そうした中で、古くから関西では高級住宅街の多い西宮、そこの住宅街には「園」が付されていたとのことです。
 このうち「甲」のつく地名が4カ所ありますが、甲子園球場が誕生した干支に因む甲子園を除く3つ「甲東園」、「甲陽園」、「甲風園」は西宮市にある甲山に因んでいます。
 市民の憩いの場にもなっている山だそうですが、その東部に位置しているということで「甲東園」と命名されています。
 なお、甲山の最寄り駅は阪急甲陽線の甲陽園駅になります。

 さて、次回は門戸厄神・・・御利益は・・・

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948 仁川を走る乙女

 昨年12月の有馬記念を最後に名馬と謳われた「ブエナビスタ」が引退しました。
 女傑といわれたその勇姿に多くのファンが魅了されてきましたが、5歳の歳末の有馬記念では人気を集めつつも後塵を拝する結果になり残念に感じた人も多数いらっしゃったと思います。
 競走馬のデビューは2歳ですが、ブエナビスタは早くから頭角を現し、2歳最初のG1「阪神ジュブナイルフィリーズ」を制して、その後は瞬く間にスター街道をばく進していきました。
 人間に男女があるように競走馬にも牡馬と牝馬の違いがあります。一般に三冠馬というと「皐月賞」、「日本優駿(ダービー)」、「菊花賞」ですが、牝馬に限っていうと、これが「桜花賞」、「優駿牝馬(オークス)」、「エリザベス女王杯」になります。
 ブエナビスタはエリザベス女王杯こそ逃したものの残りの二つは制しています。特に桜花賞は明け3歳のみが出走できる1度限りのレースですから、それを制した印象は大きかったものと思われます。
 桜花賞が行われる阪神競馬場は仁川駅が最寄りです。

”愛されしマルーンは尚変わらねど

      そのデザインも懐かしいまま”

 コアなファンを持つ私鉄、関東では京急で関西では阪急が代表格ではないでしょうか。
 両社共に共通しているのは車体の塗色です。京急の鮮烈な赤に阪急は落ち着いた深いワインカラーというか栗色のマルーンです。俗に阪急マルーンといわれていて、その色に魅了されているファンは多いと思います。単行電車の頃から現在の新鋭車に至るまで一貫してその塗色が使われています。
 どの形式にもよく似合っていて、全体がマルーン一色のものも秀逸ですが、アクセントに白色が施してある京都線の6300形も品位を感じるスタイリングです。
 一度、じっくり阪急電車を間近で見たいと思っていましたが、関西旅行の折、神戸線、今津線、京都線と各種の形式を見るにつけ、筆者もその虜になってしまいました。
 京急は一部の車両で真っ赤な車体からステンレスに移行していますが、阪急は今後の新造車もマルーンで統一していってもらいたいところです。

 さて、次は甲東園・・・静かに立つ・・・

Rimg0118_2 初期の阪急電車(宝塚ホテルのお菓子のオブジェ)

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947 小林の落ち着く温かさ

 前回の奇妙な予告がありましたが、「小林」は「おばやし」で「こ」ではありません。
 宝塚市小林という場所に所在しているので、地名がそのまま駅名になったことが推察されますが、なぜ「お」なのか地名の由来までは調べきれませんでした。
 字面だけ見ると「小林」は阪急の創始者の姓ですから、その出生に深く関わりがあるのかと関東に住んでいる身では、そのようにも考えてしまいますが、もとより読みが異なっているのでそれも違っているような気がします。
 漢字には音読みと訓読みの二通りがあって、訓読みは日本独自の読み方ですが、音読みにしても複数の読み方をする場合もありますから複雑です。
 同じ字を書きながら全く違う姓という方も多くいらして、小林さんも大多数は「こばやしさん」であっても中には「おばやしさん」がいらっしゃると思います。

”日だまりのホームゆっくり歩みゆく

         和装の婦人粋を集めて”

 今津線沿線は、高級住宅街の宝塚市を通っていますから、どの駅周辺も高級な住宅街をイメージしてしまいがちですが、小林は少し庶民的な雰囲気があるようです。
 小説の中でも親しみやすいほっこりとした温かさが伝わる描写がありましたが、通っただけの筆者は降りてみればよかったと少し後悔しています。
 最近は成人式や冠婚葬祭を除くと和装の女性を見る機会が少なくなりました。筆者が子供の頃にはもう少し頻繁に和服姿がみられたものですが、保管や手入れそして着付けに手間がかかったり、何よりも高価なことが徒となって普及はしていないようです。
 現在でも普段着の和装というのはあるのでしょうか。そういえば筆者の祖母は普段でも和服を着ていたことを思い出しました。
 小林辺りの住宅街はちょっと高級でちょっと庶民的ですから、もしかしたら日常的に和服を着ているご婦人がスーパーに現れてるのかもしれません。

 さて、次回は仁川・・・マルーンが好き・・・

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946 逆流するか逆瀬川

 イメージだけでものをいうのもどうかと思いますが、「逆瀬川」という字面からの印象は、筆者の場合「逆流」です。
 中国では大河「長江」の大逆流が有名ですが、河川の下流部などでは日常的にあるのかもしれません・・・地学を含めて理系に疎い筆者には全く想像のつかないところですが・・・
 それで「逆瀬川」ですが、駅名は近隣を流れる河川の名称をそのまま付けています。逆瀬川は武庫川の支流で流れの速い河川ということまでは調べたのですが、そこに逆流のエピソードがあったことまでは分からずじまいです。
 ただ、「瀬」というのは流れの速い河川を表しますから、逆流はともかくとして、流れが速いことだけは言い表していると思います。
 「瀬」・・・「瀬をはやみ岩にせかるる瀧川の 分れても末に逢わんとぞ思ふ」とは崇徳院の名歌ですが、これも速い流れを詠んでいます。

”水に慣れ水に親しむ人多く

     水より出でて生きる証か”

 人間はその60パーセントが水分といわれています。水分が不足し脱水症状に陥るとその生命を維持することができません。
 人間に限らず、多くの生物に水分が必要とされていますが、生命の起源と関係しているとの話を遠い昔に習ったような記憶もあります。
 そうしたことが本能として人間に備わっているのでしょうか、海や河川など人は水辺に憩いを感じることが多いような気がします。
 水は生命の維持の他、作物の生育にも不可欠ですから、古代より水辺に多くの人が住んできました。特段、農業に携わることのない現代の人も水辺の宅地に多く集まるように思います。
 できれば淀んだ河川よりも清流を好みますから、少し流れの速い逆瀬川周辺も人気の住宅地になっているようです。

 さて、次は小林・・・「こ」じゃないよ・・・

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945 老舗ホテル前の宝塚南口

 前回の記事で宝塚大劇場を背景にした阪急電車の写真を載せましたが、その場所で電車は鉄橋を渡ります。その下を流れているのが武庫川で、下流に行くと少し淀んだ印象はあるものの宝塚の辺りではまだ清流の感じがします。
 その武庫川を渡って直ぐに宝塚南口駅に入ります。宝塚駅を正面玄関とすると、宝塚南口駅はまさに南側に位置していて、閑静な住宅街に面しています。
 この一駅は比較的近い距離にあって、武庫川の橋を渡りながら手塚治虫博物館などを見学しつつブラブラと宝塚駅まで散策できるコースにもなっています。
 筆者が訪れた当時は、超高層マンションの建設途中で、更なる宅地開発が進みそうな気配がありましたが、関西に住むのであれば、宝塚も憧れの場所のひとつとなりました。関東でいうところの東急や小田急線沿線に相当するのでしょうか、宝塚南口駅周辺には少し高級なスーパーマーケットもあったりして、セレブの空気を感じました。

”中庭に降り立つ影は男装の

        麗人ゆらり幻の舞”

 宝塚駅南口駅前に建っているのが阪急の宝塚ホテルです。ここは歴史の古いホテルで、創業は大正15年になります。
 筆者もせっかく「阪急電車」の足跡を辿ったところですから、そのエピソードにも登場した宝塚ホテルに少し奮発して宿泊しました。
 新鋭のホテルのような快適な装備が整っているわけではありませんが、丁寧に手入れが行き届いたロビーも室内も歴史の重みが感じられました。
 ロビーには、宝塚歌劇団のポスターなどが随所に見受けられ、ファンには堪らない聖地であるとの印象も持ちましたが、他にも菓子で作られた往年の阪急電車のオブジェもあり、鉄道ファンの心も擽る演出が見られました。
 レストランで食事をしている折、その日の公演を振り返るファンの女性があちこちにいて熱い語らいが留まることなく繰り広げられている印象がありました。

 さて、次回は逆瀬川・・・逆流?・・・

Rimg0119 駅に面した宝塚ホテル正面入口

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944 歌声高らか宝塚

 今回から関西私鉄の雄、阪急の今津線を宝塚から西宮北口まで進んでいきます。
 阪急は京阪神の動脈として古くからJR線と鎬を削ってきた路線で、中心は神戸線や京都線になりますが、敢えて今津線を選ぶ理由は筆者がミーハーであることに他なりません。
 昨年公開された映画「阪急電車」の舞台であったのが今津線で、筆者はその足跡を辿っていくことになります。
 鉄道ファンは映画や小説に鉄道に関する文字などが入っている作品を放っておけないところがあります。「阪急電車」はタイトルがそのまま会社線名ですから即食いついた形になりますが、何はともあれ、用もなしに全線を1往復してみました。
 映画は小説を原作としていますので、まず大阪までの道すがらその小説から読み進めていきましたが、一駅毎のエピソードを連作として纏めていてとても面白い作品でした。

”キラキラと朝陽水面に煌めきて

    舞台見据える眼もまたしかり”

 「すみれの花 咲く頃」高らかな歌声は宝塚の代名詞ともいえる歌です。
 宝塚歌劇団は現在も多くのファンを持つ芸術性の高い日本を代表する歌劇団で、その創始者は阪急電鉄の創業者と同じ小林一三です。
 在籍中はもとより退団後も女優として活躍されているスターの方はたくさんいらっしゃって筆者も何人かの女優さんのファンでもあります。
 阪急はコアな鉄道ファンが多くいて、全国的に根強いマニアも多くいますが、宝塚もそれに負けないくらい熱狂的なファンを抱えています。
 朝の大劇場前には劇場入りするお気に入りの団員を待ち構えるファンが平日でも多く待ち構えています。
 筆者はたまたまその前を通りかかりましたが、短髪で颯爽と歩いているのは団員さんでしょうか、何となくオーラを発しているような感じがしたものです。

 さて、次は宝塚南口・・・老舗ホテルの中庭・・・

Rimg0122_2宝塚大劇場をバックに走る阪急今津線

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